相撲の力士たちが毎日くり返す稽古。
それは体を鍛えるだけでなく、心を磨く修行の時間です。
四股やすり足、ぶつかり稽古を通して受け継がれる「努力」と「礼」の文化をやさしく紹介します!
強さの裏にある毎日の稽古

土俵の上で行われる取組は、ほんの数秒で勝敗が決まります。
しかし、その一瞬のために力士たちは毎日何時間も、自分を磨き続けています。
相撲の「稽古」は単なる練習ではなく、技術・体力・礼儀・心のあり方を同時に育てる時間です。
稽古場は、力士にとって学校であり、修行の場でもあります。
そこでは師匠から弟子へ、世代を超えて「相撲道」が受け継がれていくのです。
では、その伝統と熱意が息づく稽古の世界を、のぞいてみましょう!
稽古の一日は、早朝に始まる

稽古場が最も熱気を帯びるのは、まだ街が目を覚ましきらない早朝です。
弟子たち(番付が下の、序ノ口や序二段の力士)は朝6時頃に起き、まずは土俵を掃除し、神棚に礼をします。
これは「一日の始まりを清らかにする」という意味があります。
稽古の基本的な流れ(おおよそ)
- 6:00頃起床・土俵掃除
稽古場を清め、心を整える
- 7:00頃基本稽古(四股・すり足・鉄砲)
体幹・呼吸・集中力を鍛える
- 8:30頃立ち合い・ぶつかり稽古
実戦感覚と根気を磨く
- 10:00頃稽古終了・朝食
栄養をとり、声をかけ合う時間
- 午後体のケア・雑用・見習い指導
秩序や思いやりを学ぶ
このように、稽古は「心を整え、感謝で終える」一日の習慣になっています。
単なるスポーツの練習ではなく、生活そのものが修行です。
稽古とは「戦う前に、自分に勝つ」時間
相撲界には古くから「稽古千日、本番一日」という言葉があります。
これは「千日もの稽古を積んでこそ、一日の本番で心が動じない」という教えです。
ある師匠は弟子にこう言いました。
「稽古とは、人と戦う前に自分と戦うことだ。」
自分のなまけ心、自信のなさ、焦燥感――
そうした自分の中の弱さと向き合うのが、稽古の本当の目的です。
基本の稽古:四股・すり足・鉄砲
上の動画は、尾車親方と清見潟親方が丁寧に解説する、基本の稽古・四股・すり足・鉄砲のやり方です。
一見シンプルに見える動きの奥には、力士の強さの源泉がぎっしり詰まっているのが分かりますね!
四股:大地を踏みしめる心の稽古
四股は相撲の基本動作。
脚を大きく上げて地を踏むことで足腰を強くしますが、それだけではありません。
古くから「邪気を払う」「土地を清める」意味も持っています。
力士たちは四股を踏むたびに心を静めます。
怒っているときや焦っているときほど、足は重く、音がにごるのです。
だからこそ、四股は“心の鏡”と言われています。
「四股を見れば、その日の心が分かる」
と語る師匠も多くいます。
心が整っていれば、足元にも力が宿り、地面と体が一つにつながって動くことができます。
すり足:静けさと集中を教える動き
すり足とは、足の裏全体で地面をすべらせるように進む稽古です。
最初は誰もが土の感触に戸惑いますが、繰り返すうちに、体と土俵の距離が一体化していきます。
すり足は音を立てずに力を伝える特訓とも言える稽古。
足音ひとつにその人の集中が現れるのです。
ある師匠は若い弟子にこう教えます。
「足音は心の音。静かに力を出せる人ほど強い。」
この「静かに力を出す」文化が、相撲を日本の伝統芸の域にまで高めています。
ぶつかり稽古:痛みが教えてくれる本当の強さ
ぶつかり稽古は、まさに心身の限界を試す時間です。
師匠や兄弟子が次々とぶつかり、弟弟子は何度倒されても立ち上がります。
体が痛くても、心が折れなければ終わりではない。
この瞬間こそが力士にとっての“修行の核心”です。
「立ち上がる勇気があれば、土俵はまた見える。」
ぶつかり稽古は、倒れない技術を学ぶ場ではなく、立ち上がり続ける胆力を育てる場。
稽古場に響く息づかい、体のぶつかる音、そのうしろで見守る師匠のまなざし。
そこにあるのは、「力」よりも「信頼」の文化です。
基本稽古の種類と目的まとめ
| 稽古の種類 | 内容・目的 |
|---|---|
| 四股 | 地を踏みしめ体軸と気持ちを整える |
| すり足 | 静かに動き体重・重心の感覚を磨く |
| 鉄砲 | 柱に手をぶつけ、押し出しの力と姿勢を習得 |
| 体づくり | 柔軟・担ぎ上げ・腕立てなど/基礎体力を高める |
| ぶつかり稽古 | 実戦型。体力・根性・呼吸の総合練習 |
どれも「相手を倒す」ためではなく、自分の弱さと向き合うためのもの。
稽古とは、静かに強くなっていく訓練です。
相撲部屋の順番が育む力

相撲部屋は、ひとつの大きな家族のようなものです。
年齢も出身も違う力士たちがひとつ屋根の下で生活し、稽古場という家庭で人格を磨いていきます。
序列の意味と目的
稽古場には、厳しい序列があります。
しかしそれは冷たい上下関係ではなく、人としての基礎を学ぶ順番なのです。
| 立場 | 主な役割 | 学ぶこと |
|---|---|---|
| 見習い・新弟子 | 掃除・準備・お茶出し | 礼儀・気づき・奉仕の心 |
| 幕下 | 稽古・食事作り・下積み | 根気・仲間を支える姿勢 |
| 関取 | 稽古の手本・若手の指導 | 責任感、感謝と伝承 |
| 師匠 | 全体の育成・指導 | 包容力、伝統の継承 |
この「順番」が、相撲界の温かさと規律を支えています。
若い力士は師匠や先輩に教えを受けるたびに、「ごっつぁんです!」と大きな声で頭を下げます。
これは「教えてくださってありがとうございます」という意味です。
「怒られるうちが花」
という言葉もよく使われます。
叱られるのは、それだけ期待されている証です。
稽古場は厳しさと愛情が同時に存在する、不思議な場所です。
技と心の伝承──師弟の絆が守る相撲道

技より心を教える指導
相撲界では、師匠は「技を教える人」ではなく、「生き方を教える人」と言われます。
「こうすれば勝てる」ではなく、「こうして人として強くなれ」と伝えます。
弟子たちは師匠の背中を見ながら学びます。
声をかけられなくても、型を見るだけで理解する――それが伝承の形です。
継承される“痛みの教育”
ある師匠はこう言いました。
「稽古の苦しさは、私が昔感じた痛みを今、教えているだけ。」
伝統とは、ただ形をまねることではなく、苦しみの意味を共有すること。
だからこそ、時代が変わっても「相撲道」は失われません。
現代の稽古──科学と伝統の融合

最近、相撲の世界でも「科学の力」を取り入れた稽古が進んでいます。
しかし、ただ新しい方法を導入するだけではありません。
昔から大切にされてきた「礼」や「四股」の心を守りながら、現代の知識を組み合わせているのです。
科学によるトレーニングの進化
| 項目 | 内容 | 目的・効果 |
|---|---|---|
| 栄養管理 | カロリー計算・食事バランス・水分補給 | 体づくりとけがの防止 |
| フィジカルトレーニング | 筋トレ・体幹トレーニング・柔軟運動 | 筋力と安定感の向上 |
| 映像分析 | 稽古の動きを動画で確認 | フォームの改善・効率化 |
| 医学サポート | 体の動きのデータ測定・リハビリ研究 | けがの早期発見と回復 |
こうした科学的な方法を取り入れることで、力士たちは「より安全に」「より長く」活躍できるようになっています。
しかし、師匠たちが口をそろえて言うのは、
「どんなに時代が進んでも、“礼”と“四股”だけは変えない」
科学による効率化と、伝統による心の鍛錬。
その両方を大切にすることで、相撲は未来へ続く文化として発展しているのです。
稽古場が教えてくれる、生き方の知恵

稽古場は、技術を学ぶ学校であり、人を育てる道場でもあります。
土俵で倒れても立ち上がる姿には、教科書にはない「生きる力」が詰まっています。
倒れても立ち上がる勇気、叱られても感謝を忘れない姿勢、そして人を敬う心――。
それらはどんな時代にも通じる日本の美しい精神です。
稽古場の空気は、静かで厳しく、そして温かい。
力士たちが流す汗の一滴一滴が、文化の記憶として今日も受け継がれているのです。
おわりに
努力を続ける人が、最後に一番強い。
相撲の稽古は「勝つための練習」ではなく、「人として強くなるための修行」です。
何度倒れても土俵に立ち上がる姿は、苦しさの中で成長する人間の力を映し出しています。
だからこそ、力士の姿は「強さとは何か」を、私たちに教えてくれるのですね。
